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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)538号 判決

控訴人(附帯被控訴人) (以下単に「控訴人」という。)

株式会社横浜ビルディング

右代表者

六崎彰

右訴訟代理人

瀬沼忠夫

被控訴人(附帯控訴人) (以下単に「被控訴人」という。)

株式会社モリキ

右代表者

井上昭

右訴訟代理人

梶原茂

主文

一  本件控訴に基づいて原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金一七一六万二一八九円及び内金三四六万二一八九円及びこれに対する昭和五五年四月四日以降、内金一三七〇万円に対する同年二月一日以降各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  控訴につき訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の負担とし、附帯控訴につき控訴費用は被控訴人の負担とする。

四  この判決主文第一項の1は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一まず被控訴人の本案前の申立について判断する。

右申立の趣意は、要するに、原審被告(旧横浜ビル)は原判決言渡当時既に吸収合併されて解散されていたのであるから、原判決に対する控訴は、旧横浜ビルを合併した新横浜ビルにおいてこれをなすべきであるのに、本件控訴は旧横浜ビルの名においてなされたから、不適法であるというのである。

そこで、原審口頭弁論の終結から本件控訴提起に至るまでの経過についてみるに、原審口頭弁論は昭和五四年六月一九日に終結され、原判決は同年一二月二四日に言渡され、同月二八日原審被告訴訟代理人弁護士尾崎重毅に送達されたこと、本件控訴状は、これよりさき同月二五日当裁判所に提出されたが、右控訴状には、控訴人の表示として、「横浜市中区伊勢佐木町三丁目九八番地、株式会社横浜ビルディング」、法定代理人の表示として「右代表者代表取締役、六崎彰」と記載されており、右控訴状は、弁護士尾崎重毅が控訴人の訴訟代理人として作成し提供したものであることは、記録上明らかであり、他方、〈証拠〉によれば、旧横浜ビル(代表取締役六崎彰、本店所在地横浜市中区伊勢佐木町三丁目九八番地)は、原判決言渡の直前である昭和五四年一二月一二日に株式会社福緑商事(代表取締役及び本店所在地とも旧横浜ビルと同じ)に吸収合併されて解散し、同日その旨の登記を経由し、又福緑商事は、同月一四日株式会社横浜ビルディング(新横浜ビル)に商号を変更して、同月二一日にその旨の登記を経由したことが認められる。

そこで、原判決に被告として表示された者が、新旧いずれの横浜ビルかを考えるに、前記のとおり、旧横浜ビルも新横浜ビルも共にその代表者及び本店所在地を同じくしているため、原判決書の記載からは明らかでないが、前認定の、右会社の合併、商号の変更が原審口頭弁論終結後でしかも原判決言渡の直前になされている事実及び会社の合併、商号変更につき原審裁判所に届出のなされたことを窺わしめる資料がないこと等に徴すれば、原判決の名宛人は口頭弁論終結当時に当事者であつた旧横浜ビルであると解するのが相当である。そして、右のような事情であるから、原判決の送達も、原判決に被告として表示された旧横浜ビルの訴訟代理人である弁護士尾崎重毅を受送達者としてなされたものと認めるべきである。

ところで、訴訟の係属中に当事者である会社が合併により消滅した場合には、訴訟当事者の変動(当然承継)を生じ、合併後に存続する会社が新当事者となるのであるが、この場合には、訴訟手続の中断が生ずるのが原則である(民事訴訟法二〇九条一項)。しかし、本件においては、原審被告である旧横浜ビルに訴訟代理人があつたから、例外として中断を生ぜず(同法二一三条)、しかも記録によれば、右訴訟代理人には控訴の授権がなされていたから、原判決の送達がなされても、なお中断は生じないのである。

次に、本件控訴状に控訴人として表示された者が、新旧いずれの横浜ビルかを考えるに、控訴状に添付された控訴人の代表者の資格証明書(昭和五四年一二月二〇日付会社登記簿抄本)は、旧横浜ビルのものであること、控訴代理人は、昭和五五年三月一二日当裁判所に「訴訟手続受継の申立書」と題する書面(前述のとおり、中断が生じていないから、その実質は承継の申立書と解すべきものである。)を新横浜ビルの登記簿謄本を添付のうえ提出していることから考えると、控訴人として旧横浜ビルが表示されているものと解するのが相当である。

そこで案ずるに、原判決は、被告として旧横浜ビルを表示して言い渡され、その訴訟代理人に宛て送達されたのであるが、前述のとおり、本件では中断が生じないのであるから、実質的に見れば、原判決の言渡及び送達は、吸収合併によりすでに消滅した旧横浜ビルに対してではなく、当然承継による新当事者である新横浜ビルに対しなされたものと解することができる。そして、かような場合、控訴を提起するには、右承継の事実を述べて明らかにしたうえで、新横浜ビルを控訴人として表示するのが本来であつて、本件のように、すでに消滅した旧横浜ビルを表示したのは、不適切のそしりを免れない(弁護士尾崎重毅が当裁判所に提出した訴訟委任状は、昭和五四年一二月二四日付であるから、新横浜ビルから委任されたものと見ざるを得ないが、控訴人主張のように、原判決に表示された旧横浜ビルとの関連を明らかにする意図をもつて、控訴状にも旧横浜ビルを表示したものと推認することができる。)。しかし、これも亦前述と同様、実質的には、新横浜ビルが控訴を提起したものと解することができるのであつて、この点は、新当事者と無関係の第三者を控訴状に表示した場合と同日に論ずることはできないのである。かくて、後日、前述した承継の申立書が提出されたことにより、形式上も、新横浜ビルが控訴人であることが明らかとなつたのである。本件控訴の提起は適法である。

よつて、被控訴人の本案前の申立は失当である。

二次に、本案について判断する。

当裁判所は、後記認容額の限度で被控訴人の本訴請求を認容すべきものと判断するのであるが、その理由は、左のとおり附加訂正するほか、原判決の理由一ないし四項記載のとおりであるから、これを引用する。

1  一二枚目表末行及び一六枚目表六行目の各「尋問の結果」の次に「原、当審)」を加える。

2  一四枚目裏五行目の次に、左のとおり加える。

以上のとおり、本件賃貸借は昭和五三年二月一三日限り合意解除により終了し(仮に控訴人主張のとおり被控訴人において同年一月一一日に解約の申入をしたとしても、解約申入の六か月後に賃貸借が終了するのではなく、右合意解除の時点で終了するものと解すべきである。)、しかも、被控訴人において同年二月一三日に賃借物件(本件店舗)を控訴人に返還したのであるから、これと同時に、控訴人においても、被控訴人に対して本件敷金五〇〇万円(未払賃料があるときはこれを控除して)及びこれに対する同月一四日以降支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金を支払う義務が生じたものといわなければならない(右遅延損害金の率につき、被控訴人は、約款二二条が適用され日歩四銭になる旨主張するが、〈証拠〉によれば、約款二二条は、控訴人が約款二一条一項の保証金の返還を遅延したときは日歩四銭の割合による遅延損害金を支払う旨約したのであつて、控訴人において敷金の返還を遅延した場合にまで右の率による遅延損害金を支払う旨約したものでないことは明白であるから、被控訴人の右主張は到底採用することができず、結局、この場合における遅延損害金の率は一般の原則に従い、商事法定利率である年六分と解すべきである。)。

そこで、被控訴人の敷金返還請求権はいくらかについて考える。この場合、被控訴人に未払賃料があるときはこれを控除することを要する(控訴人は、未払賃料等債権三一二万九八九五円があるとして相殺を主張するが、かかる相殺の意思表示をまたない性質のものである。)。本件賃貸借は昭和五三年二月一三日限り終了し、同日までの未払賃料の額は金二七万三〇一九円であることは前認定(原判決引用)のとおりである(被控訴人は、同年二月一日から同月一二日までの賃料(日割計算)一六万三四五七円を控訴人に対し支払つたと主張するが、甲第一〇号証の一を含めこれを認めるに足る証拠はない。)から、これを控除すれば、被控訴人の控訴人に対する本件敷金返還請求権は、金四七二万六九八一円及びこれに対する昭和五三年二月一四日以降支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金債権となる。

ところで、控訴人が昭和五五年四月三日本件敷金返還債務の弁済として金一八七万〇一〇五円を弁済供託したことは、当事者間に争いがない。本件敷金返還債務の元本額は前記のとおり金四七二万六九八一円であるから、右は債権額の一部の供託であつて、債務の本旨に従つたものとはいえないのであるが、被控訴人において右供託金の還付を受けたことは当事者間に争いがなく、そして、〈証拠〉によれば、被控訴人は、右供託金の還付を受けるに際し、昭和五五年四月一〇日付書面を以て控訴人に対し、右還付金は原判決によつて認容された被控訴人の控訴人に対する合計金二七五〇万三一〇八円の債権のうちの遅延損害金債権二七七万六一二七円(供託の日である同月三日現在の計算による。)の一部に充当する旨の意思表示をしたことが認められるところ、右意思表示の趣旨は、本件敷金返還請求債権を含む前記原判決によつて認容された債権の一部弁済として、即ち本件敷金返還請求債権が存在する限りはそれに対する弁済として右供託金を受領する旨を表明したものと解することができる。従つて、右供託は本件敷金返還債務の一部弁済としての効力を有するものということができる。

そして、前記供託金につき元本と遅延損害金との間の充当関係についてみるに、供託及び還付に際し、弁済者及び債権者のいずれかにおいて弁済充当の指定をなしたことを認めるに足る証拠はないから、前記供託金一八七万〇一〇五円は法定充当の規定に従い、まず元本四七二万六九八一円に対する昭和五三年二月一四日から昭和五五年四月三日までの年六分の割合による遅延損害金六〇万五三一三円(円未満四捨五入)に充当され、残余(金一二六万四七九二円)が元本に充当され、その結果、残元本金三四六万二一八九円及びこれに対する昭和五五年四月四日以降支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金債権が残存している。

3  一五枚目表七行目冒頭の「四」の次に左のとおり加える。

被控訴人は、本件保証金の性質につき、右は本件賃貸借に基づく被控訴人の債務不履行及び損害等を担保するためのもので、敷金と同性質のものである旨主張する。しかし、本件保証金は、その権利義務に関する約定が約款上は敷金と同一の条(八条)に規定されているとはいえ、控訴人が本件建物建設のため訴外フジタ工業株式会社等に対して負担するに至つた多額の債務の弁済に充てることを主たる目的とするものであつて、本件賃貸借契約締結日から一〇年はこれを据え置き、以後向う一〇年間に無利息で年賦均等償還することとされていたことが〈証拠〉によつて認められ、右事実に徴すれば、本件保証金は、いわゆる建設協力金として本件賃貸借とは別個に消費貸借ないし消費寄託の目的とされたものというべく、敷金とはその本質を異にするものといわなければならない。

4  一五枚目表一〇行目の「無効であるというが、」を「無効であり、仮に無効でないとしても、本件の場合、賃借物件の明渡後既に三年近くも経過し、賃貸借に基因する損害等の発生するおそれは全くないから、同約款の据置期間の規定は適用されないと主張するが、」と改め、同裏二行目の「右原告の主張は」を「右無効の主張は理由がなく、又被控訴人主張のように賃借物件の明渡後三年近くも既に経過したなどの事情が存在するとしても、それによつて直ちに本件の場合据置期間の規定の適用がないと解することは困難であるから、この点の主張もまた」と改める。

5  一七枚目表七行目の次に「控訴人が被控訴人の後の新規の賃借人(利根産業)から、保証金の各一部として、昭和五三年五月三一日に金一三〇万円、昭和五四年五月三一日に金五〇〇万円を受領したことは、控訴人の自陳するところであるから、本件保証金の」と加える。

6  一七枚目表一〇行目の次に左のとおり加える。

以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対して本件保証金二〇〇〇万円及び内金一三〇万円に対する昭和五三年六月一日以降、内金五〇〇万円に対する昭和五四年六月一日以降、内金一三七〇万円に対する昭和五五年二月一日以降各支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金債務を負担したものといわなければならない(右遅延損害金の率につき、被控訴人は、約款二二条が適用され日歩四銭になる旨主張するが、〈証拠〉によれば、約款二二条の規定は、控訴人(賃貸人)側の債務については、控訴人が約款二一条一項の保証金の返還を遅延したときに日歩四銭の割合による遅延損害金を支払うべきものとし、又約款二一条一項は、約款一七条一項の控訴人の都合による契約解約の場合には、被控訴人が賃借物件の明渡等一切の義務を履行した後直ちに控訴人において保証金を返還すべきものと定めていることが認められ、右規定の趣旨に徴すれば、控訴人が本件保証金返還債務の不履行につき日歩四銭の遅延損害金を支払うべきものとされるのは、控訴人自身の都合によつて本件賃貸借を解約した場合に限られると解される。しかるに、本件賃貸借の合意解除の経過は前認定(原判決引用)のとおりであつて、控訴人の都合によるものでないことは明らかであるから、被控訴人の右主張は失当であるといわなければならず、結局、この場合における遅延損害金の率は一般の原則どおり商事法定利率年六分であるというべきである。)。

控訴人は、利根産業は、保証金の内金合計六三〇万円を控訴人に支払つたのみで倒産したため、保証金の納入の完了は不可能になつたと主張し、〈証拠〉によれば、利根産業は、控訴人に対し、保証金の内金一〇〇〇万円を納入した後倒産し、昭和五五年一月三一日取引停止処分を受け、その頃控訴人から本件店舗の賃貸借契約を解除されたことが認められる。そうすると、前述のとおり、約款二一条二項を、「割賦払いの場合は、その都度の割賦金の支払があつたとき、その割賦金額について、納入が完了したものとし、保証金の返還期限が到来する」と解釈しただけでは、右倒産のごとき事態が生じた場合に対応することができない。さればといつて、永久に返還期限が到来しないという結論は承認し難い。思うに、約款二一条二項は、徒らに保証金の返還時期をおくらせるのが目的でなく、賃貸借が終了した以上、保証金は可及的速やかに返還されるべき性質のものであるが(このことは、同条一項からも窺われる。)、右返還のためには原資が必要である関係上、期間中の解約が賃借人の都合による場合は、新規の賃借人から納入される保証金をこれに充てることを意図したものと解されるのであり、当事者は、新規の賃借人の決定や同人からの保証金の納入などが、特段の支障なく、一般取引に照らし常識的な速さで進行する通常の場合を予想して、右約款二一条二項の合意をしたものと解するのが相当である。従つて、本件のように新規の賃借人(利根産業)が倒産した場合に、右約款を文言どおりに適用するのは相当でない。右倒産という事態は、被控訴人及び控訴人のいずれも予想しなかつたものであるとしても、利根産業と賃貸借を結んだのは控訴人であつて、被控訴人は当事者でないこと及び前記約款の趣旨から考えると、右倒産による結果は、控訴人に帰せしめるのが相当と考える。それ故、本件の場合、利根産業の保証金の納入の有無にかかわらず、前記昭和五五年一月末日に控訴人の最終返還期限が到来するものというべきである。

ところで、控訴人が昭和五五年一〇月三〇日、本件保証金のうち昭和五三年五月三一日に弁済期の到来した金一三〇万円及び昭和五四年五月三一日に弁済期の到来した金五〇〇万円につき昭和五五年一〇月三〇日までの間の年六分の割合による遅延損害金を加算した元利合計金六九一万四六六三円を弁済供託したことは、当事者間に争いがない。右は債権額の一部の供託であつて、債務の本旨に従つたものとはいえないけれども、被控訴人において右供託金の還付を受けたことは当事者間に争いがなく、そして、〈証拠〉によれば、被控訴人は、右供託金の還付を受けるに際し、昭和五五年一一月六日付書面を以て控訴人に対し、右還付金は原判決によつて認容された被控訴人の控訴人に対する合計金二七七二万九八五一円の債権のうちの遅延損害金債権三〇〇万二八七〇円(供託の日である同年一〇月三〇日現在の計算による。)の一部にまず充当し、残余は元本債権に充当する旨の意思表示をしたことが認められるところ、右意思表示の趣旨は、本件保証金返還請求債権を含む前記原判決によつて認容された債権の一部弁済として、即ち本件保証金返還請求債権が存在する限りはこれに対する弁済として右供託金を受領する旨を表明したものと解することができるから、右供託は本件保証金返還債務の一部弁済としての効力を有するものということができる。そして、〈証拠〉によれば、控訴人は、右供託に際し、供託金は前記金一三〇万円及び金五〇〇万円とこれらに対する供託日までの前記遅延損害金の各債務に充当する旨の指定をしたことが認められるから、本件保証金返還請求債権のうち右の部分は既に消滅し、金一三七〇万円及びこれに対する昭和五五年二月一日以降支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金債務のみが残存していることになる。

三以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、本件敷金の残金三四六万二一八九円及びこれに対する昭和五五年四月四日以降、本件保証金の残金一三七〇万円及びこれに対する同年二月一日以降各支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、これと異なる原判決を本件控訴に基づいて右のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立は相当でないので、これを却下することとして、主文のとおり判決する。

(杉田洋一 中村修三 松岡登)

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